ちょっと昔の湯治場は、今でいう○○だった

こんにちは、自在館です。
湯治場、というと皆さんどういうイメージをお持ちでしょうか。
「病気の治療」「心身の療養」
と、いったイメージをお持ちの方が多いと思います。
実際、現代においては、そういった用途でお越しくださる方が多いです。
 
しかし、すこ〜し時代を遡ると、どうやら現代とは違う捉え方をしていたようですね。
もちろん、怪我や病気の療養という根本的な考え方は今と変わらなかったそうですが、歴代の湯守たちの語り部からすると、湯治場という場所には今では考えられませんが・・・・
「リゾート」「バカンス」「大衆娯楽の場」
と、いう意味合いを多大に含んだ湯治場が多かったそうです。
 
湯治=リゾート、バカンス、娯楽・・・・・・嘘でしょ・・・笑
ですが、実際そうであったような記録や、昔の写真も多く残っております。
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これは、自在館のむかしむかし、湯治客の人々が歌ったり、踊ったりして楽しんでいる様子や、湯治のお祭り?でしょうか。催しを行っている写真ですね。おそらく大正中期ころの写真だと言われています。
そのほかにも、弓道場があったり、庭球コートがあったり。
したらしいです。
 
湯治の湯治場というのは、農作業を終えた人々が1年の疲れを癒すための長期休暇の場でした。湯治は、今のように、
そんじょそこらに飲み屋さんや、ショッピングをする場所はないです。
スマホもなければゲームもないです。
映画もないです。田舎には、本もほとんどないです。
iTunesで音楽も聞けないし、CDもない。レコードもない。
ラジオもない、テレビもない。
ちょっと暇だからyou tubeでも見ようかな〜、なんて出来るわけない。
 
そう、娯楽というものが圧倒的に少なかった時代なんです。
逆にいうと、今は娯楽だらけですね。笑
 
ですので、当然、体を癒すだけでなく、せっかくなんだから、娯楽の要素も自然と求められてきたのでしょう。
当時の日本は、こういった人々の集い自体が、娯楽となったのだと思います。
人と話し、語らい、夜は宿で知り合った仲間と酒を飲み交わし、歌い、踊ったのでしょう。
 
現代はといいますと、湯治場といったら、静かに療養をする場としてのイメージが強く定着しています。
もう湯治場でなくても娯楽施設はたくさんありますし、インターネットを繋げば、一人で数時間、なんやかんや見たり聞いたり、なにかと困らない時代ですので。
時代は変わり、湯治場に娯楽なんていう要素は求められなくなっていったのでしょう。
 
また、時代が変わっても唯一変わらないことは、
「心と体の再生の場」で、あるということ。
これだけは、時代がどれだけ変わっても、変わることはありません。
 
昔は、娯楽の場としても、それを通し、心と体のメンテナンスを行う。
現代は娯楽の場ではなくなれど、変わらず、心と体をメンテナンスする場である。
 
これから先、どんな時代になるかはわかりませんが、
人々が本質的に求める、再生の場所であり続けたいと、そう思います。