古いからよい、という懐古主義でもないが、「心地よい古さ」というのは、今すぐにお金を出せば買える、というものではない。ただ古い、ではダメだ。 古くても手入れがされていて、心地よいと感じなければ意味がない。
しかし、古いものの多くは、前者(ただ古いだけ)であることが多い。 稀に、大切に使われ、保管され、時を超えてきた一品が出てくる。
ありがたいことに、お客様から「蔵を壊すんだけど、古い家具がたくさんある。自在館さんで使ってもらえないか?」という趣旨のお話をいただくことがある。
「自在館なら、活かせるのではないか?」と感じていただけるのは、とても嬉しい。光栄だ。
とはいえ、いただく品々は、現代を生きる私たちには少し使い勝手の悪いものが多い。
例えば、臼(うす)。もはや使い勝手というか、使う機会すら珍しい。 若い方から見たら「なにこれ、タイヤ?」と思うかもしれない。
他によくあるものは、桐タンス。趣はあるが、タンスとして使うには、やはり現代の生活には使い勝手が悪い。
他には、漬物桶、囲炉裏台、もはや何か分からない木の塊……。
その品々を眺めながら、どんなリメイクをしてみようか……と考える。これが楽しい。
急いではダメだ。 ジロジロ眺めながら、あれこれ考える。 思い浮かばなければ、考えるのを止める。
しばらく、放置する。
またしばらくしたら、「そういえば、これどうしようか?」と、ふと考える。
これを繰り返す。 すると、ある時ふと、ランダムなタイミングで、「あ、そういえば、こんなのどうだろうか?」とアイデアが湧いてくる。
それは、他の問題を考えている時だったり、全然違う場所で違うことをしていたり、何かを見ていたりする、本当に様々なタイミングだ。バラバラで、ランダムで、まったく規則性がない。そう、思いつきだ。
この思いつく瞬間が、おもしろい。なんだかワクワクする。
自在館の館内に置いてある古い品々は、そのまま使っているものもあるが、どちらかと言えば、ヘンテコなリメイクをしているものの方が多い(気がする)。
素人の思いつき、且つ、素人工作の品々なので、プロの工芸品を扱う人から見たら、もちろんあまり上手な仕上がりではないだろう。ほとんど、私の自己満足でもある。
ただ、他のどこにも売っていない。
ここにきて、ここで思いつき、ここで新たな命を吹き込まれた、一品ものだ。
今、必要なもの、欲しい物は、インターネットでポチっと簡単に手に入る。 昔に比べて、いわゆる粗悪品も格段に減った。 品質が悪いと言っても、「この値段なのだから、それはそうだよね」という範疇のことがほとんどだ。 平均的に世の中の物の品質は上がっているし、手に入りやすい時代になっている。
だからこそ、一点しかない、ちょっとヘンテコかもしれない、そんな品を作って、置いて、良くも悪くも、何かを感じてもらう。それが良いと、今は思っている。
今回、お客様からいただいた桐タンスを本棚にリメイクした。 本体は研磨と塗装をして、文庫本が入るサイズ感の本棚になった。 タンスの引き出しは、宿に余っていた廃材で連結し、ディスプレイスタンドとして生まれ変わった。
引き出し本体にも若干の歪みがある。第一、施工者が歪んでいる(私だ)。 だから、全体的に歪みがある。 でも、それで良い。それも「味」だと思うことにする。
自分たちにしかできないこと、思いつきを大切に、古い品々と、これからも楽しみながら生きてゆく。
自在館 当主 星宗兵


