昨今、ネット上の文章はAI生成であふれているという。
なので、今日は一切をAIに頼らず書いてみる。
誤字脱字、おかしな表現。そもそも、私がおかしな人間である。
どうか、お許しいただきたい。
お許しいただけない方は、そっとスマホを閉じていただきたい。
また、今日のコラムは「である調」で書いてみる。
「である調」だと、なにやら、格式があって、どことなく、風格がある、気がするからだ。
本題に入ろう。
世の中にある物事の説明で、「よく混ぜてください」というものがある。
料理番組では、特に多い。
かの有名なお菓子、ねるねるねるね、も良く混ぜろ、と書いてある。
化学薬品系の説明書きにも、よく混ぜろ系が多い。混ぜてはいけない物には「混ぜるな危険」と書いてある。危険なもの以外はだいたい、「よく混ぜろ」だ。
世界も少しずつ、グローバル化が進み、混ざり合ってゆくような、そんな気配を醸し出している。
科学の世界では、エントロピー増大の法則は常識である。
物事は均一化しやすい方向へ進む傾向がある。
そこで、この流れに抗ってみようと思う。
なんの話か。
そう、「たまごかけごはん」にかける、お塩、またはお醤油の話である。
ここまで読んでスマホを置く方が10人中10人いると、私は予想している。
なんなら、ここまで読む前に、ブラウザの戻るボタンを押した方も半分いるだろう。
私の鋭い観察眼が、的中することを願う。
私は、たまごかけごはんを、いかに塩分控えめで、且つ、おいしく食べるにはどうしたらよいか?
を、毎日研究している。
何を隠そう、私は若女将がドン引きするほど、塩辛いもの、濃い味のものが大好きだ。
これでよく、湯治宿の主人が務まっていると、自分でも感心している程だ。
しかし、塩分を摂りすぎると体に悪影響がある。ということも重々承知している。
自分が美味しいと感じるものを、食べたい。
おいしい食事は私の人生において、とても価値あることなのだ。
したがって、この問題はとても重要、且つ、死活問題なのである。
様々なことを試した、
減塩醤油や減塩の塩 (減塩の塩とは、ちょっとよくわからないが、とにかく減塩の塩だ)
これはダメだった。なんだか、おいしくない。
結局、たくさんかけてしまう気がする。
醤油を食べるものにスプレーする、という記事を見たので試してみた。
これも私には合わなかった。
塩味がぼやけて、結局、たくさんシュッシュしてしまう。
他に・・・・・試した気はするのだが、記憶がない。たくさん試していないかもしれない。
今のところ、私の中でベストだと思っている方法が、「混ぜない」という方法だ。
たまごは溶いても良いし、溶かなくても良い。
ごはんにONした後でも良いし、ごはんにONする前でも良い。
INしてはダメだ、どちらかというと「生卵のごはん包み」みたいになってしまう可能性が高い。
お醤油を少し垂らす、そして、混ぜない。
且つ、なるべくお醤油を垂らしたところを目掛けて食べるのだ。
これが、良い。いや、とても良い。
第一波、お醤油の風味と塩味がグッと来る。
第二波、混ざっていない、たまごの風味が押し寄せる。
すると第一波のお醤油の風味と塩味の余韻があるので、物足りなさは全くない。
むしろ、混ざらないことが、それぞれの味をより際立てる。
とても良い。いや、素晴らしい。
お塩で食べる際は、若干、順序が違う。
たまごをごはんにONした後が絶対に良い。
ONした後に、お塩を少量、降りかける。そして、決して、混ぜない。
混ぜてしまうと、お醤油の場合も塩味の場合も、均一に、うっすらと、ちらばってしまう。
かけた質量は同じでも、舌で感じる風味が全く異なる。
肯定的に捉えれば、柔らかく、なめらか、と言える。
もちろん、「絶対に混ぜる党」の方もいらっしゃることだろう。
混ぜることで得られる風味がある、どちらが良い、どちらが悪い、ということを議論するつもりはない。
完全に、私個人の好き嫌い、独断と偏見だと思って聞いていただきたい。いや、読んでいただきたい。
これを抽象化して、話を飛躍させてみる。
この話は食卓の上だけではない。
冒頭でも書いた。
世界はなんだかグローバルな方向へ、混ざり合う方向へ向かっている。(ように私には見える)
人も物も情報も、あちこちへ、すごいスピードで移動している。情報に至っては一瞬だ。
貧困の差も、この50年で劇的に改善されつつある。もちろん0ではない、相対的な話だ。
ただ、たまごかけごはん同様、あえて、混ぜない。というケースがあっても良い。
混ぜないことで、それぞれの良さが際立つこともある。
逆に、貧困や格差のように、均質、平均、全体として平たい方向性が好ましい事象もある。
これもケースによる。
化学薬品は、よく混ぜることで、化学反応を起こし、別の物質へ変化する。
他業種交流や、多国間の交流を通し、新しい文化が芽生えることもある。これも良く混ぜることで起こる好ましい変化といえる。(好ましいかどうかは、その時代の人と、後の評価にわかれる)
旅館やホテル界隈もそうだ。
例えば、よくある話だが、
「同じ値段なのに、Aという旅館では○○をしてくれた、Bという旅館では○○をしてくれなかった。」
このお客様からの声を参考に、A旅館に負けないように、B旅館も同じサービスを導入しよう!という考えが多い。
それはそれで良いこともある。例えば、世間一般の公衆衛生や、最低限の安全、という面では、この方向性が良いと思う。
だが、それらの前提条件がある程度確保されているのであれば、
「A旅館でやっていることを、敢えてしない、その代わりにB旅館では別の○○を提供している」
こちらの方向性の方が良い気がする。
それぞれ、別々のまま、それぞれの良さを追求する。
そういう風に、旅館やホテル同士、比べようにも、比べられないような、そんな宿が溢れると、とても良い。と思う。
私達自在館も、混ざりすぎず、かといって、隔絶されるわけでもない、絶妙な加減を目指したい。
なんの話か、わからなくなってきたので最後に言っておくが(書いておくが)
たまごかけごはんは、混ぜない方が、塩分も控えつつ、おいしく食べれる気がする。
そういう、お話だ。
ちなみに今日はAIも混ぜないでみた。私の残念さが際立てば、幸いである。
自在館 当主 星宗兵
