休んでいいんだ、そしたらまた、頑張ろう

「休む」=「よくないこと」だと、勝手に思い込んでいませんか?

日本では昔から、「休む」ことをあまりポジティブに捉えない傾向があります。

イメージしてください。Facebookやインスタグラムで、ダラダラと家ですごしている画像や、昼寝をしている動画、見たことありますか?

あまり見たことありませんよね?(赤ちゃんやペットがスヤスヤ寝ているのは見たことありますが)

人々にとって、「休む」っていうことは、積極的に共有したい対象ではないことだと認識されているように思うのです。ウチの父親なんかはまさにそうです。「休む」とは絶対に言いません。「〇〇に行ってくる」「ちょっと出てくる」と言って、サボっています。「休む」というのは、あまり胸を張って言ってはいけないと思い込んでいるようです。

私は、「休む」ことは、「活動する」ことと同じくらい、あるいはそれ以上に大切なことだと思っています。

私たち人類の体の構造は基本的に約20万年とほぼ変わっていません。

しかし、情報量は比較にならないレベルで違います。

江戸時代の1年分の情報量、現代人は1日で脳に送っているそうです。

例えるならば、ファミコンで、PS4のゲームしようとしているようなものです。

現代人の疲れはほとんどがストレスによる「脳疲労」だといわれています。病気ではないが、体の調子がおかしいというのは、ほとんどが「脳疲労」の症状なのです。脳が情報を処理しきれず、疲労が蓄積し、自律神経系が乱れた結果睡眠不足や、頭痛などの症状が引き起こされます。

ファミコンとPS4はやや言い過ぎですが、初代iPhoneで現在のアプリを数個同時起動したらフリーズした。と考えてください。

そうしないためには、バックグラウンドのアプリを消してあげる、整理してあげる必要があります。今、私たち現代人には、そういう時間が圧倒的に足りないのです。常にアプリも起動しっぱなし、電源オフにもしない。耐え切れず弊害がでても不思議ではありません。

だから、休む、脳を休める、あるいは整理する時間を作ってあげる。こういった自分自身を整える時間をとることはとても大切なことなのです。

私たちの提案するのは「良い静養」の一つとしての湯治。↓詳細はこちらへ

http://www.jizaikan.jp/index.html

余談です

この動画は、高校生のスタッフが作ってくれました。若干17才。将来は絵を描く仕事に就きたいと、バイト代をはたいて10万年以上するiPadproを買ったそうです。

実は彼女にとって初めての、絵描きとしてのお仕事。若い人には負けていられません。そして、こうやって宿のことを表現してくれる若手がいることを、ありがたく思います。

ああ、旅館やっててよかった。

タイトルは、「休んでいいんだ、そしたらまた、頑張ろう」頑張る時は頑張る、一生懸命やる時は一生懸命やる、そして、休む時も、じっくり休む。休むことも、何かをすることと同じくらい、大切だ。

私達は、良いお休みを求める人のための、応援団だと改めて思いました。

私達の役割とは?

こんにちは、若旦那の星です。

私達の使命、役割、と言うちょっと、お堅いので、お仕事とでも言いましょうか。

それは

「休んでいい」「何もしなくていい」

と、お客様に思ってもらうこと、感じてもらうこと、最近強く思います。

自在館には、よくこんなお問い合わせがあります。

「湯治って、何をすればいいんでしょうか?」

私達の答えはこうです

「何かしようと思わなくて結構です。お風呂にゆったり入るだけ。敢えて言うなれば、風呂に入って、眠くなったら、たくさんお昼寝をしてください。」

私はお客様の「湯治って何をするの?」と言う質問は、敢えてそのまま受け取らないようにしています。もちろん、湯治のことをご存知ないという方もたくさんいらっしゃいますので、ただ内容を知りたい。ということも当然、そのままの意味としてあります。

しかし、もう一方では、皆

誰かに「休んでいいんだよ」と、背中を押して欲しい

そんな気がしているのです。

人は、自分自身や他人の良い面を美化する傾向があります。

アスリートの成功秘話、名経営者の格言などなど、自分を律すること、努力をすることが正しいと謳っています。それは、全くもって正しい。ですが、人間それだけではありません。

有名なスポーツ選手は「肉体を休める」ことの大切さを知っています。筋肉は適切な回復期間を取ることで成長するからです。

名経営者と呼ばれる人達も、休養の大切さを知っているからこそ、会員制のホテル会員になるのだと思います。それだけ、休むことが大切だと知っているのです。

ですが、あまり世間にはそういう話は届きません。どうしてもカットされてしまい、努力しているところばかりが印象に残ります。

ですから、私達は「休むこと」への関心がすごく薄いのです。人によっては、休んでいる姿を見せるのは、よくない事だと思っている方もいます。そんな事、誰が決めた訳でもないのに。そう「思い込んでいる」のです。

人生は短い、だから、限られた時間を有効に使わなければならない。自己投資をしなさい、その時間が、あなたの人生を豊かにするから。継続して努力をしなさい、その努力がきっと道を開くから。

その通り。仰る通りです。

それと同じくらい「良い静養は、きっとあなたの人生を豊かにする」と私達は考えています。頑張れ!という人が多いので、少しくらい、「ちょっと休みなさい!」って、言ってくれる場所があってもいいかなと、思うのです。

休むことも、努力することと同じくらい、現代では難しくなっています。私達の生活環境は豊かに、便利になっています。それに伴い、よほどの事件や事故でない限り、命を落とすことはなくなりました。

犬や、猫などの動物は本能的に、必要でない行動以外の時は眠ります。ウチで飼っている犬も、いつも寝ています。それは必要な時に狩る、あるいは逃亡する、避難する、食べ物がいつ手に入るかわからないのでなるべくカロリーを消費しないようにするためです。また、疲れた脳では、瞬時の命に関わる判断を謝る確率が高くなります。疲れた肉体では、敵から逃げ切る確率が低くなります。だから、休むことは、とても大切なことだったのです。

もともと人間もそうだったはずですが、休むことは、生きることに必要不可欠だったのです。ですが、今は、そうではありません。

命を落とす危険が減った代わりに、豊かに生きるための苦労、が始まりました。

命を守るための休養から、豊かに生きるための休養に変わったのです。

私達がお届けするのはそういう考え方、そしてその場所です。同じ旅館、ホテル、でも考え方一つで、まったく別のライフスタイルになります。私達はそんなところも、楽しみながらやっていきたいと思っています。

①そもそも、湯治(とうじ)とは?

そもそも、湯治(とうじ)とは?

湯治(とうじ)とは、一般的に温泉に入浴し療養をすることを指します。

昔は今のように医療が発展しておらず、温泉に傷や病を治す力があると考えられておりました。もちろん現代においては科学的に、温泉の効果が実証されていますが、まだ科学の知見のない時代、温泉は人々にとって「不思議な力」だったのです。怪我や病気の治癒のためにたくさんの人々が温泉に湯治をしました。

ちなにみ、当時の日本(江戸時代末期まで)は病気は悪い「気」によって、かかるもので、病気の治療に「除霊」をしたり、神社やお寺で身を清めてもらうなど、していたそうです。昔はそれが普通だったのです。もちろん、現代人と同じく、「観光」という側面を持ち合わせていたことは変わりません。

明治大正時代になると、西洋医学が日本に急激に流れ込み、病気や怪我、は病院で治すもの。という認識に徐々に移り変わってゆきます。また、農閑期の疲れをいやす農業を営む方々にとってのリゾートのような位置づけもあったようです。

現在では湯治(とうじ)を「ゆじ」と10人中6人は読み間違うほどに、温泉で療養をするという文化は人々の認識から離れてゆきました。しかしながら、温泉、に対して求めるものは形を変えただけで、日本人が温泉を愛する心はいまだ変わらず受け継がれているように思います。

現代では、病気療養の方も、もちろんいらっしゃいますが、病院では病気と診断されないものの、体に不調を抱える。または、病気を予防されたい、未病対策の方。日々の精神的な疲れを癒したい方、こういった方々が湯治に訪れています。

湯治とは、昔々、温泉に怪我や病気の回復を願った、日本人の心の文化なのです。

昔の栃尾又温泉、浴槽には所狭しと、人が入っていた。大正時代、このころもまだまだ病気や怪我の療養という目的の方は多く来られていたとのこと。湯治といえば、1カ月以上の長期滞在が一般的だったという。
こちらも同時期。人、人、人、、、、、
当時、湯治場には今でいう「リゾート」のようなイメージが醸成されつつあり、農家の方々の1年の労を労う意味合いで、楽しみながら過ごしていた。弓道場やなどもあり、娯楽としての側面も持ち合わせていたという。
大正時代の栃尾又温泉、食事は基本的には自炊。野菜などの食材を売る人もおり、皆自炊をしていた。見知らぬ人との相部屋も珍しくなく、一人一品を作り、皆で交換し合ったりと、食を楽しんだそう。